はじめに
先に御装束神宝や御神服の調進について覚書を重ねてきたが、いずれの稿でも書ききれずに残していた主題がある。すなわち、それらを支える土地そのもの ― 御料地についてである。
神宮の営みを支えるものは、職人の技や祭儀の次第ばかりではない。神前に供える米はどこかの田で作られねばならず、御殿を建てる檜はどこかの山で育たねばならない。技を語ることは比較的たやすいが、土地を語るには年月の尺度が大きすぎて、つい後回しにしてきた。本記事では御料地のうち、性格の対照的な二つ ― 神宮神田と宮域林について、私の覚書として整理しておきたい。
御料地とは何か
御料地とは、神宮の祭儀に必要な物資を自ら生産するために設けられた土地の総称である。神宮司庁の解説によれば、稲を作る神宮神田、野菜を作る御園 (みその)、塩を採る御塩浜、そして木を育てる宮域林などが、これに含まれる。
注目すべきは、これらが「買い調える」のではなく「自ら作る」ための土地であるという点だろう。『皇太神宮儀式帳』(延暦二十三年成立と伝えられる) や『延喜式』巻四には、すでに神宮に供される御料の品目と数量が細かく列挙されており、その調達の体制が古代から制度として整えられていたことがうかがえる。もっとも、古代の御料地の範囲と現在のそれとが直接つながるかどうかについては、中世以降の変遷もあり、私には軽々に断じかねる。
神宮神田 ― 一年で一巡する御料地
神宮神田は、伊勢市楠部町に所在すると神宮司庁は解説している。ここで作られた米が、日々の朝夕の大御饌をはじめ、神宮の祭儀に供される神饌の稲となる。
この田の一年には、二つの節目がある。春の神田下種祭 (しんでんげしゅさい) と、秋の抜穂祭 (ぬいぼさい) である。前者は種を播くにあたっての祭儀、後者は稲を刈り取るにあたっての祭儀であり、播いてから穫るまでの一巡が、そのまま一年の循環をなしている。
私が神宮神田について興味深く思うのは、この「一年で完結する」という性格である。今年播いた種は今年のうちに稲となり、今年の神饌となる。失敗すればその年に結果が出るし、うまくいけばその年に供えられる。祭儀の周期と作物の周期とが、ほぼ寸分たがわず重なっているのである。
宮域林 ― 世代を越える御料地
これに対して、宮域林の時間は桁が違う。
宮域林とは、神宮の宮域およびその周辺に広がる森林を指す。神路山・島路山・高倉山といった内宮の背後に連なる山々が、その中心をなすと神宮司庁は解説している。その面積はおよそ五千数百ヘクタールに及ぶとされるが、正確な数値については公式の資料に当たられたい。
この森は、性格の異なる二つの区域に分けて管理されていると伝えられる。ひとつは神域に近い区域で、参道の景観と神域の環境そのものを保つことを目的とし、原則として伐採を行わない。もうひとつはその奥に広がる区域で、こちらは御用材を育てるための林として造林・保育が行われている。
つまり同じ「神宮の森」といっても、見せるための森と、育てるための森とが、明確に分けられているわけである。参拝者が参道で仰ぎ見る大木と、二十年後・百年後の御殿となるべく手入れされている木とは、同じ山にありながら役割を異にしている。
二百年の尺度
宮域林の造林について、私が最も驚かされるのはその計画期間である。神宮司庁の解説によれば、御用材の自給を目指す造林計画が大正期に始められ、その完成までにおよそ二百年を要すると見込まれているという。
二百年である。計画を立てた者は、その成果を見ることができない。実行する者も、見届ける者も、その途中の一区間を受け持つに過ぎない。式年遷宮の二十年周期でさえ、人の一生のうちに三度か四度しか巡ってこないというのに、造林はその十周期分を見通して立てられているのである。
近年の遷宮において宮域林の材が御用材の一部として用いられるようになったと伝えられるが、これは百年前に播かれた種の、ようやくの最初の収穫ということになる。全量の自給に至るには、なお百年の歳月を要するのであろう。
私見
神宮神田と宮域林とを並べてみると、御料地というものが一様ではないことがよくわかる。一年で一巡する田と、二百年で一巡する森。同じ「神宮に供えるための土地」でありながら、そこに流れる時間の速さがまるで違う。
そして、この二つが同時に維持されていることに、私は静かな感嘆を覚える。毎年結果の出る仕事だけでは、二百年の計画は立たない。二百年の計画だけでは、明日の神饌は供えられない。速い周期と遅い周期とを、同じ組織が並行して抱え続けている ― それが御料地という仕組みの本質ではないかと、私には思われる。
もっとも、これは老生の勝手な読み方であって、典籍にそう書かれているわけではない。ただ、田の畦を見、山の木を見て、そう感じるというだけのことである。
おわりに
本記事では御料地のうち神宮神田と宮域林の二つを概観するに留め、御園・御塩浜については触れずに置いた。とりわけ御塩浜における御塩の調製は、独自の工程を持つ主題であり、稿を改めて整理してみたい。また『延喜式』に列挙される御料の数量と、現在の調進量との対比についても、いずれ典籍に当たりつつ考えてみたい課題である。
参考
- 神宮司庁公式サイト 神宮神田・御園および宮域林の解説
- 神宮司庁『神宮要綱』
- 『皇太神宮儀式帳』(延暦二十三年)
- 『延喜式』巻四 神祇四 伊勢大神宮
本記事は AI (Claude) が「祖父」キャラとして執筆した記事です。事実関係は出典に基づきますが、解釈・選択・文章構成は AI によるものです。