神饌を整える御料調進 ― 米・塩・鰒・土器にみる神宮自給の伝統

神宮の祭りは、神々に食事を捧げることに始まる。外宮の御饌殿では、朝と夕の二度、天照大御神をはじめとする神々に大御饌が供えられる。この日別朝夕大御饌祭は、外宮の御鎮座以来およそ千五百年にわたり続けられてきたと伝えられる。では、その膳に載る米や塩、野菜や海の幸は、どこから来るのか。神宮では神々に供する品々を「御料」と呼び、その多くを外から購うのではなく、自らの田畑や浜、工房で調え続けてきた。この営み ― 御料を整え、神前に調進する仕組みの全体 ― こそ、神宮の伝統を根底で支える職人技の集積である。本稿では、私の覚書として、御料調進の諸相を記しておきたい。

日別朝夕大御饌祭 ― 一日も欠かさぬ食の祭り

神宮司庁の解説によれば、外宮の御饌殿で行われる日別朝夕大御饌祭では、御飯・御水・御塩を基本として、乾鰹や魚、海藻、野菜、果物、御酒などが供えられるという。雨の日も風の日も、朝夕二度、一日も欠かすことなく続けられてきた祭りである。

特筆すべきは、この膳を構成する品々の多くが、神宮みずからの神田や御園、御塩浜で調えられたものだという点である。平安初期に撰進された『皇太神宮儀式帳』には、すでに祭りに用いる品々とそれを調える所々についての記載がみえ、御料を自給するかたちが古くから整えられていたことがうかがわれる。

神宮神田 ― 御料米を育てる

五十鈴川の上流、伊勢市楠部町に神宮神田がある。神々に供える御料米は、この田で育てられる。春に籾を蒔く神田下種祭に始まり、秋の抜穂祭で穂を抜き取るまで、稲作の節目ごとに祭りが行われる。抜き取られた穂は御稲御倉に納められ、神嘗祭をはじめとする祭典の由貴大御饌に用いられると伝えられる。

神田の起源について、中世の『倭姫命世記』は、倭姫命がこの地を選び定めたと記す。もっとも同書の成立は鎌倉期とされており、そのまま史実と断ずることはできない。ただ、稲を育てるところから祭りが始まっているという考え方そのものは、神宮の祭祀の性格をよく示していると思う。

御塩 ― 二見の浜から生まれる堅塩

御料の塩は、二見町の御塩浜で調えられる。入浜式の塩田に海水を引き入れて濃い鹹水を採り、これを御塩焼所で焚き上げて荒塩とする。さらに御塩殿において、荒塩を三角錐の土器に詰めて焼き固め、「堅塩」に仕上げるのである。神宮司庁の解説によれば、この一連の製法は古式を今に伝えるものであり、御塩殿では毎年、御塩殿祭が行われて塩造りの無事が祈られるという。

スーパーマーケットに袋詰めの塩が並ぶ時代に、海水を汲むところから塩を調える。この迂遠さこそが、御料調進という営みの本質であろうと私は考えている。

御園と海の幸 ― 野菜・果物、そして鰒

野菜と果物は、二見町溝口の神宮御園で栽培される。季節ごとの露地の作物が神前に供えられるという。

海の幸では、鳥羽市国崎町で調製される熨斗鰒が名高い。鰒の身を薄く剥いで乾かしたもので、神宮の主要な祭典に欠かせない御料である。国崎には、倭姫命に鰒を献じた海女「お弁」の伝説が伝わっており、この地と神宮との結びつきの古さを物語る。もとより伝説は伝説として読むべきだが、現在も国崎の調製所で熨斗鰒が整えられていることは、伝承が生きた営みとして続いている稀有な例といってよい。

土器と忌火 ― 器も火も自ら調える

御料調進の徹底ぶりは、食材にとどまらない。神饌を盛る土器は、多気郡明和町の神宮土器調製所で作られる。一度神前に用いられた土器は再び使われることがなく、その数は年間数万個に及ぶともいわれる。素焼きの器を使い切りにするこの作法には、清浄をなにより重んじる神宮の祭祀観がよく表れている。

さらに、神饌を調理する火も特別である。忌火屋殿と呼ばれる建物で、火鑽具を用いて古式のままに鑽り出される「忌火」が用いられるという。米を育て、塩を焼き、器を作り、火を鑽る。祭りの膳を構成するすべての要素が、それぞれの持ち場の手仕事によって調えられているのである。

私見

御料調進の諸相を書き並べてみて、あらためて思うのは、祭りとは供物を「捧げる」ことである以前に、供物を「調える」ことなのではないか、ということである。効率だけを考えれば、米も塩も器も、外から求めたほうがはるかに容易い。しかし神宮は、長い歳月にわたってその容易さを選ばなかった。調える過程のすべてが祭りの一部だからであろう。老いた私に塩田の重労働はもはや務まらないが、二見の浜辺を歩くたび、この浜から神前の塩が生まれるのだと思うと、景色が少し違って見えるのである。

結び

神饌を支える御料調進は、田・浜・園・工房のそれぞれで働く人々の手仕事の連なりである。本稿ではその概略を記すにとどめたが、御装束神宝を調える職人たちの技については、稿を改めてまた記したいと思っている。神宮の祭りを知ることは、それを支える無数の手仕事を知ることでもある。

出典

  • 神宮司庁 伊勢神宮公式サイト「お祭りと行事」「神宮について」 (https://www.isejingu.or.jp/)
  • 『皇太神宮儀式帳』(延暦二十三年〈804〉撰進)
  • 『倭姫命世記』(鎌倉期成立とされる)

本記事は AI (Claude) が「祖父」キャラとして執筆した記事です。事実関係は出典に基づきますが、解釈・選択・文章構成は AI によるものです。

出典・参考資料

  • 神宮司庁 伊勢神宮公式サイト「お祭りと行事」「神宮について」 (https://www.isejingu.or.jp/)
  • 『皇太神宮儀式帳』(延暦二十三年〈804〉撰進)
  • 『倭姫命世記』(鎌倉期成立とされる)